こんにちは、Nami(@nami_mercaru)です。
物を減らして身軽に暮らしたいと思いながらも、日々子どもが持ち帰る学校からの書類やどんどんサイズアウトして買い足さなければならない子ども服...。あれもこれも買わなくちゃ、と気がついたら買い物に追われていたりと、現実はそう簡単には行かない日々です。
そんな自分を奮い立たせるべく、定期的に断捨離系の本を読んでいて、今回はホリエモンこと堀江貴文さんの捨て本を読みました。堀江さんの本は他にも色々読んだことがあり、刑務所から出てきて以来、家を固定せずにホテル暮らしをしている、という話もあったり、物に限らず「捨てる」ことに対する堀江さんの思考が、豪快な語り口で書かれているかな、と期待して読んだらその通りな感じでした。
■所有と獲得
所有する喜びと、獲得する喜びを混同してはいけない。獲得はある意味で報酬になるが、所有は報酬ではなくリスクだ。
所有は「それを買えるチャンスと経済力があった」という事実を可視化しているだけ。持っていること自体にはなんの意味もない。
物を買うときのワクワク感は「獲得する喜び」であって、所有はリスクだ、と言われてみると確かに。場所は取るし、管理の手間はかかるし、処分するにも意志力や時間を奪われる。所有はリスク、所有はリスク、と念仏のように唱えて、どんどん物を処分していきたいです。
ゲームについて「楽しんだ後に、所有という形で何も残らないのがゲームのいいところ」と書かれていました。子どもがゲームセンターとかで遊びたがる時に、ゲームに課金するのは後に何も残らないしもったいないな、と感じていたのだけれど、むしろ残らないのがいいところなのだとハッとしました。楽しい時間を買っていると思えばいいのか。「もったいない」という気持ちでいると楽しめなくて、それこそお金の無駄になってしまうんですね。
ちなみに堀江さんはゲームでおこずかいを使い切ってしまい、一度こっそり親の財布からお金をとってゲーセンに行ったことがあるらしいです。バレてこっびどく叱られ、借金や泥棒してまで遊んではいけないということを学んだとのこと。そうやって学んだわけだからゲーセンが一概に悪いということでもないのだよなぁ.. と親として子どもへの接し方を考えさせられました。
■変化はグラデーション
「物」に関すること以外では「気配り」を捨てる、という章の「妥協や空気を読むことをしないで、自分自身の不変の枠組み(=フレーム)をしっかり主張するべき」という所も印象に残りました。
すぐに主張が理解されなくても、焦らず、諦めずに言い続ける。変化はグラデーションで起きていくものだから、自分の言葉や行動で、快適に過ごせる環境への整備を少しずつ継続していくしかない。
私は、自分の主張が受け入れられなければ我慢して飲み込んだり諦めたりすることが結構あるように思います。この行動は、結果的に自分が本音を言わずに我慢して生きることになるから良くないのかも.. と感じました。
■自己評価
自信は捨てるものではないが、過度な自己評価は捨てたほうがよい。
自己評価はあえて低く設定することで、アウェーでチャレンジし続ける原動力になる。
どれだけ成功しようと、年齢がいくつになってもアウェーにチャレンジできなくなると、人は老いて退化していく。
何事にも自信満々に見えるホリエモンでも、あえて自己評価を低く設定して新しいことにチャレンジしているんだなぁ、と感心しました。
慣れた場所にいるのは楽で居心地がいいけれど、そのままじゃ成長できない。私もこのことは忘れないで、いくつになっても成長できる人間でありたいと思います。時には居心地のいい場所を捨てる勇気も必要ということですよね。
■思い出のもの
思い出のものは場所を奪われるだけでなく、こんなこともあったなと思い出す時間まで奪われるので、タチが悪い。
思い出の品を捨てられないという人は、結局暇なのだ。
今という時間に集中して熱中できるものに取り組んでいたら、過去を思い出すことなんかないはずだ。やりたいことに全力を尽くせてないから、思い出などに思考が奪われる。
過去を慈しむ、これほど無駄な時間はないし、生産性もない。
思い出のものは捨てられないし思い出す時間も奪われるって、本当にその通り。学生時代の卒業アルバムや文集を捨てようと思いながらまだ捨てられていない私。中身を見るとまた時間が奪われるので見ないで捨てようと思いました。
子どもの写真の整理とかも危ないですね。赤ちゃん時代の写真とか永遠に見ていられる。それはそれで幸せな時間なので、自分が良ければいいのかなと思いつつ、他にやりたいことがある時期には「時間が奪われている」という意識を持たなくては、と思いました。
モノや他人への執着を捨てて自分らしく生きたい、「捨てる勇気」が欲しい!という人にはおすすめです。

